話を病院見学に戻そう。子どもの入院病棟を見た後に、教授は学生を成人の自閉症者の病棟に連れていった。あちらは見せられないが、と指差した方向には蔵のように暗く、閉鎖的な古い建物が何棟か並んで建っていたと記憶している。

しかし、案内された病棟は広く明るくて開放的な感じだった。ホールのような広い部屋の中央には、木製の格子がはめられた広く大きな檻のようなものがあり、病室としては違和感があった。その格子の中には成人の男性がざっと二十人以上いて、同じ方向を向いてぐるぐると歩いていた。

私たちが近くを通ると、何かを要求したいのか、格子の中から手を伸ばしてくる男性患者もいた。言葉はどこからも聞こえてこなかったが、唸り声のようなものは聞こえた。

格子の中には、体を丸めてしゃがみ込んでいる患者も何人かいた。すると、看護婦(当時の呼称。現在の看護師)が格子の中に入って声をかけていた。「立ち上がらせて運動させるんですよ」と言った。格子の中をただぐるぐる同じ方向に歩くのは運動のためだったのだ。とても衝撃的だった。

私たちは教授に質問するどころか、言葉を失ってひと言もしゃべらなかった。小児病棟の子どもたちの未来が、格子の中で歩かされているこの人たちと同一線上にあるとは思いたくなかったのだ。

しかし、戦前は自閉症の原因も治療法も教育も確立していなかった。戦前に生まれた自閉症児が成人すると、このように格子の中で歩き回ることもあり得るのかもしれないと思った。

 

👉『かれらの世界』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】まさか実の娘を手籠めにするとは…天地がひっくり返るほど驚き足腰が立たなくなってその場にへたり込み…

【注目記事】銀行員の夫は給料50万円だったが、生活費はいつも8万円しかくれなかった。子供が二人産まれても、その額は変わらず。