「バッタ!」
今日子は跳ねるように立ち上がった。パパが振り返る。
「どうした」
今日子が指差すと、パパは平然とバッタを手でつかみ、野球のピッチャーのように放り投げた。
「もう大丈夫だよ。今日子」
パパは笑いながら両手を広げた。今日子が胸に飛び込むと、パパはぎゅっと抱き締めてくれた。
あたたかくて、おおきい。夏の暑さとも、火の熱さとも違う。ずっと包まれていたいあたたかさ。
パパのコロンの匂いが鼻をくすぐる。おもわず胸がきゅんとする。このままずっと抱かれていたい。今日子はそう思った。
プールの端で水遊びをしていた。爽やかな夏の風が頬を撫でる。真夏の太陽が、屈み込む今日子の背中を焼いている。
「パパー!お姉ちゃん!」
聡の声がした。
「聡」
声の方に顔を向けて言葉を発したそのとき──。すさまじい雷鳴がして、大地が激しく揺れた。今日子は咄嗟にしゃがみ込み、地面に身を伏せた。
「今日子!」とパパの声が背後から聞こえたが、振り返る余裕がない。
次回更新は10月17日(金)、21時の予定です。
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