女学校の卒業式も間近に迫った時、私の希望を聞いた担任の先生が「あなたの出身校の校長先生に頼んであげましょう」と言って下さって、その日先生と私は、市電に乗ったのだった。しかし貧しく手みやげも持たない私を連れてのはじめての校長との面会。

車内で先生は、「代用教員の給料は企業に比べてうんと少ないし、いつかきっと企業に就職した人たちをうらやましく思う時がきますよ。思い返すなら今。代用教員になるのは止めたほうがいい。そうしなさい」と強く説得をはじめたのだ。

吊(つり)革につかまり市電に揺られながら私は黙って、先生の言葉を聞いていた。そしてなぜか、「それでも」とは言えなかったのである。

その後、教頭先生と担任の先生とのお骨折りで今の会社に就職することができた。何もかもが新しい未知の社会で青春期を迎え、私の毎日は楽しく充実していた。「これでよかったのだ──」私は自分に、そう言い聞かせた。

しかし、会社に入って丸三年も過ぎるとすっかり仕事にも慣れてしまい、「いつまでもこんな雑用みたいなことばかりしていてよいのか」と思うようになった。一生通してできる仕事を見つけたかった。

ある日、駅の近くの洋装店で「洋裁のできる人募集」のはり紙を見つけた。「人様の洋服を仕立てられるようになれば」と思って、ひるむ心を励まして店に入っていった。

「今どこかへお勤めですか」と店の女主(あるじ)に聞かれ、「道修町の高田薬品に勤めていますが……」と答えると、「そんないい会社に勤めてはって何でまた……。うちなんかろくな給料も出されへんし」と体よく断わられてしまった。

それからは、そういうはり紙の店を見つけても再び入っていく勇気をなくした。美容師になろうか、と思ったりもしたがそんなつてもなかった。それに人並みに「結婚したい」という願望もあった。けれど結婚しても仕事を持っていたかった。

 

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