しかし、実際は、大学紛争などの危機的状況ではいつでも大学側に立って秩序維持を担い、学生弾圧に手を貸していたのであった。
明日からの夏休み明け授業を前に、これからの闘争方針を検討するフラクションが始まった。青ヘルを被った連中が最初に口火を切った。
「われわれは、今回の大学当局の処分について、怒りの表現をする必要がある」
みんなは、一瞬、シーンとなって聞いていた。
「そして、その闘争形態のもっとも突出した表現としてA棟バリケード封鎖がある」
すると、だれかが意見を出した。
「でも、それ以外にも怒りの表現の仕方もある。学生大衆に訴えるのが先じゃないですか」
「いや、そういった議論はすでに止揚(しよう)されている。学生大衆に関して言うならば、処分が行われたことに反対するということと、彼らが決起して反対運動に立ち上がることは全く別だと思う」
「確かにそれは全く違うと思う。それは、われわれ自身にも言えることだと思う。しかし、ビラや情宣(じょうせん)して訴えるという手段もとらないで、一方的にバリケード封鎖するというのは、大学当局に対する抗議行動に一つの限界性を作ることにならないか」
「それでは、きみたちは、この政治処分に対してどのように戦うのか」
このような議論が行われているうちに、バリケード封鎖反対派の旗色がだんだん悪くなって来た。そして、発言も次第に少なくなってきた。そして、その頃合いを見計らって先ほどの青ヘルの男は、次のように宣言した。
「では、明日9月1日に、闘争の最高の表現形態としてのバリケード封鎖をする」