「大学生じゃなくて大学院生です。大学院生に春休みなんてありませんし、その学生は理系でしょうから尚のこと春休みなんてありませんよ」

理系学部出身の沖田は笑って答えた。

「ところで、やっぱり他殺のセンが濃厚なのか」

文系学部出身の中岡は、部下にからかわれたのが悔しくて話題を変えた。

「茂みの中で服を着たまま倒れてたんだろ? スマホも財布も持たずにぷらっと散歩してたんなら、足を滑らせて転落したみたいな事故の可能性もあるんじゃないのか」

「もちろん、その可能性もゼロとは言い切れませんが、限りなくゼロに近いでしょうね」

「何でだ」

「この寒い時期に、コートも羽織らずに散歩する人なんていませんよ。被害者はシャツにジーンズという服装でした。それに――」

沖田は振り向いて、中岡の目を真っ直ぐに見た。

「遺体の腹部には、刃物が深く突き刺さったと思われる痕があったんです。もちろん、凶器はまだ見つかってませんがね」

「そういうことは先に言え」

中岡は沖田の顔に人差し指を向けた。

通常、身元不明の遺体が発見された場合、警察は全国の行方不明者リストと照合し、それとおぼしき行方不明者に当たっていく。今回の事件でも何件かの行方不明者を当たってみたが、どれも空振りだった。

 

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