後手 貞雄
テレビを見ていると、ガサツがパンツを持ってやって来た。朝夕のお務めだ。
犬の散歩でもあるまいに。面倒だが致し方ない。ヨロヨロと椅子から立ち上がる「トイレは?」とガサツが聞いてくる。毎度のことだ。しかしそう都合よく尿意を催すものではない。
「いや結構。間に合ってます」
ガサツ、疑いの目を向けたまま吾輩のズボン、股引、パンツを一気にずり下げる。外気が一気に吾輩の下半身を包んで、尿意が俄かに増してきた。「まずい」と思った時にはすでにちょろちょろ、と同時に吾輩の股下で叫び声が上がった。ガサツが「止めろ、止めろ」と言うが、これがまた吾輩の持ち物であるにもかかわらず、意のままにならず止まらない。
断っておくが、決してこれ、故意ではない。いくらガサツに日々虐げられているからといって、こんなことで憂さを晴らすほど、吾輩は意地悪くない。まずい、大分床が濡れてきた。ガサツが吾輩の連れ合いに雑巾を持ってくるよう叫んでいる。しかしこちらも吾輩と同じ後期高齢者、急場の役に立たない。
「早く、早く」と叫ぶことしきり、ヨタヨタとようやく持ってきた雑巾を、連れ合いから奪うように取ると、次の瞬間信じられないことが起こった。ガサツが奪い取った雑巾を、なんと吾輩の大事なところに押し当てたのだ。
一瞬我が身に何が起こったか分からなかった。理解不能だった。雑巾が吾輩の大事なところにある。雑巾は普通床だろう。血迷ったかこの無礼者。吾輩をなんと心得る。
時々雑巾を外しながら「まだ出ている」と、のたまうガサツ。アッと口を開いたまま呆然と眼下を見つめる吾輩の歯抜けた口元からスーッとヨダレが落ち、同時にガサツの新たな悲鳴が聞こえた。それ以降、吾輩は貞雄改め垂れ男と呼ばれている。
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