【前回記事を読む】回覧板の新成人欄に97歳の父!? あり得ない名前に家族が思わず二度見したワケとは

1 吾輩は年寄りである

エツコのひとり言

いつもご機嫌の貞さんである。ポーカーフェイス、素直である。お返事よく「はいはい」ということが多い。これは単に色々なことに反応するのが面倒なだけかもしれないが、言動が可愛いくて面白いのだ。

時にぶりっ子言葉を使ったり、右手を顔の前に振り上げるのは「ありがとう」「すみません」のポーズ。

見ていて飽きない。だからか貞さん中々の人気者だ。私の友人、うちを訪れるリハビリの先生、看護師等。歯科衛生士の若き女性から「一緒に写真を」と乞われ、一枚の写真に収まったこともある。

90歳を超えて遅ればせながら貞さんにモテ期が来た。しかし悲しいかな、耳の遠くなった貞さんに周りの甘い囁きは届かない。

今は家の中をウロウロするだけの貞さんだが、以前はよく自転車で近所を走り回り、退職後の生活を楽しんでいた。いつだったか貞さんが自転車で家を出た後、大分経って私も所用で家を出た。

駅前の横断歩道で信号待ちをしていた私がふと横を向くと、その先に自転車を押してこちらに向かってくる貞さんが見えた。

一瞬訳が分からない、状況が把握できなかった。大分前に家を出た貞さんがなんでまだここに。それも自転車に乗らず押している。そうなのだ。

いつの間にか貞さんは自転車に乗る体力がなくなり、自転車を杖替わりにして一所懸命歩いていたのだ。ショックだった。昔から寡黙な貞さんは何も言わないから誰も気づかなかった。

老いの現実を目の当たりにしながら、それでも変わらず自転車で出かけて行く貞さんの心中を思うと哀れで、切なかった。これが私が貞さんの老いを認識した最初だった。

こんなこともあった。