【前回記事を読む】97歳の父を介護する60歳すぎの娘。父親の視点で綴られたユーモアあふれる二人の物語が始まる
1 吾輩は年寄りである
夜討ち朝駆け バトル1
先手 貞雄
吾輩は年寄りである。姓は車、名は貞雄。人呼んでオトボケの貞。介護保険証によると、97歳、要介護度1とある。歳を取った実感はないが、あんなに動き回っていた足も最近はヨロヨロ、目はショボショボ、身体の衰えは明らかだ。
退職して早30うん年、吾輩の一日は実にゆっくり、優雅だ。誰よりも早く目覚め、同居人の起床を待つが誰も起きてこない。
吾輩は自立自尊を旨としているので、一人おもむろに冷蔵庫を開け、昨日の残り物をテーブルいっぱいに並べる。暫し待つが、それでも誰も現れぬ、毎度のことだ。納豆をかき混ぜ、時に日本酒を傾ける。
いい気分でいると、ここの同居人の口うるさい方が起きてくる。テーブルいっぱいに並べられた皿の山を見て、こちらもまた毎度のごとくギャアギャアわめき出す。幸い寄る年波で、耳も遠いので、さほどうるさくはないが、吾輩がせっかく並べた皿の数々をせっせと冷蔵庫にしまい込む。
この同居人、吾輩のことをすごい剣幕で「貞雄」「貞」と呼び捨てにする。しかし、たまに機嫌がいいと「お父さん」と呼ぶ。ということは、この口うるさいおばさん、吾輩の娘なのか。頭痛がしてきた。吾輩としたことが、なんという失態。こんなガサツな女が娘だとは。一生の不覚、我が末路も見えたり。
酔いが回ったせいか、しゃべるのも億劫、ずり落ちた眼鏡の上から薄目を開け睨んでやるが、このガサツ女は気づきもせず、ひたすら皿を冷蔵庫に戻している。
まあいい。腹が満たされ眠くなってきた。寝てくるか。