後手 エツコ

階下からドッスン、ドッスン音がする。四脚杖を突く音だ。階下に寝る貞が動き出した。時計を見る。まだ午前5時じゃないか。貞は数年前から2階の自室を出て、階下の居間の介護ベッドで寝起きしている。

私、車エツコは車家の長女。現在、父97歳、母91歳と共に暮らしている。外見は大分くたびれてきたが、2人共至って元気だ。2人がたまに行っていた近所の病院が、いつの間にか地域の中核病院になり、「元気な年寄りは来るな」とばかり、昨年2人揃って個人病院への逆紹介を受けたというツワモノ夫婦だ。

こんな中で昨年私は定年退職をした。ゆっくり朝寝を楽しめると思っていた。

甘かった。

行者が金剛杖を突くような勇ましい音。皆が寝静まる中、もう少し配慮というものはないのか。起きて貞の動きを止めねば食い尽くされることは必然。

しかし身体が動かぬ。昨晩の深酒が原因か。浅い眠りを何度か繰り返し、7時、覚醒。急いで駆け下り台所のドアを開ける。

電気が煌々と輝く下、暖房を最強にし、テレビの騒音の中、貞が椅子に座ったままうつらうつらしている。慌ててテーブルを見るが、うん? 皿がない。今日はどうした。満腹だったか。何はともあれ助かった! と思ったのも束の間、昨晩の夕食がおでんだったことを思い出す。慌ててコンロの上の鍋の蓋を開ける。

やられた!

鍋底に残るは大根、コンニャクの数点。奮発して買った鈴廣の練り物、全滅。昨晩同様、今晩のメインディッシュにするべく大量に作り、今晩は手抜きをする予定だった。どうしてくれよう。

たまに私の起床時に貞がまだベッドの中という平穏な朝を迎える時がある。

しかしそんな時も要注意。枕元にバナナの皮3本ということがあるのだ。夜中に食べたのか。信じられん。寝ぼけまなこの貞に詰問、「なんで3本も食べるのか」「食べていない」という返答。「これは何だ」と水戸黄門の印籠の如く3本の皮を突き出すと、暫し眺めつつ一言「おかしいなあ」とつぶやく。

貞雄さん、おかしいのは貴方です。