【前回の記事を読む】二度の流産の末にやっと男の子に恵まれた。すると次々と子を授かり、一気に三人兄妹へ――そんな矢先、舅が倒れてしまい…
老話
湖上の鈴音
ケガでお金がかかった。治療費や応援の人手に賃金も払った。少しでも稼ぎたい。ハルはオート三輪に鶏卵や果樹園のリンゴやナシ、畑のカボチャやイモを積み、渉と一緒に街に引き売りに出かけてみた。
土日の朝いちばんだけ、一軒一軒訪問して売り込むことに。訪問販売などしたことがないので、客の玄関先で怖気づく。二度三度ためらってやっと声をかける。
「あのー、おはようです。野菜持ってきたけど……どうでしょうか?」
不審に思った家人が玄関に現れる。
「わし……、野菜や卵やってます」
じわりと汗がにじむ。
「今朝採ってきたです。外のトラックにあるので見るだけでも?」
家の奥さんに怪訝な顔をされながらも、要領を得ない子どものような話し方で赤面しながら懸命に売り込む。
「外にあるの? 待って、いま行くから」
やってみるものだ。最初の奥さんはつたない売り込みにも応えてくれ、たくさん買ってくれた。上手に話すことはいらないのかもと、ハルは自信をつけた。その後は腹を決め、次々と訪問し、半日もしないうちに売り切った。三カ月もしたら、お客さんに手伝ってもらいながら、結構良い商売になった。
評判を聞きつけて農協の店でも扱ってくれ、毎朝品物を届けた。おかげで早々に借金を返し終えた。トラクターで農作業ができるように土地の均平作業を急いでやった。
そのころ渉は離農した農家一軒分の土地を購入し、嫁をもらって分家しようと準備していた。トラクターも増やし、離農した農家から農地を次々と購入していく。農協の借金も増えたが、家族も増えた。渉が計画通り一軒分の農地から分家としてスタートして、結婚もしたのだ。
相手は再婚で女の子を連れていた。元銀行員という変わり種だったが働き者だった。渉夫婦はハルにとって心強い相談相手になった。
一年経って峯司がやっと畑仕事に本格的に復帰できるようになった。でも無理はできない。ハルが力仕事をしゃにむにこなした。おかげで夜はよく眠れた。夕飯の用意も娘二人が気を使い部活を早めに切り上げて手伝ってくれた。やがて清治が同級生と結婚し、孫ができるまでは野菜や手芸品の出店を続け、新たな農協からの借金を減らす資金の足しにした。