第一章 出逢い ~青い春~

京都大学の医学部を出たあと、スイスのユング研究所に留学した柚木は、夢分析を重視していた。カール・グスタフ・ユングは、人間の無意識の奥底には人類共通の素地、集合的無意識が存在すると考え、この理論の相違により、ユングはフロイトと袂を分かつ事になった。また、ユングは、共時性(シンクロニシティ)に、意味ある偶然の一致があると考えていた。

三十一歳の柚木は、ユング派精神療法の研究に熱心に取り組んでいて、まだ独身だった。頭脳明晰、沈着冷静、優しく真面目で、付き合っている女性はいなかった。

魅力的な優子は、異性として惹かれるだけでなく、患者としても興味深い対象だった。

「色々見ましたが……今、覚えている夢は、そう、私はどこかの寄宿舎に入れられていました。とても厳しい生活で辛くて。ある日、家に帰ったんです。でも、家でも母が、ああしろ、こうしろと指図して、全く自由がなくて、苦しくて」

優子は眉をひそめ、本当に苦しそうな顔をした。

「お母さんは、貴女に厳しいのですか?」

「いいえ。むしろ、早く恋愛をして、彼氏を連れて来なさいって、私に自由にしなさいって、ずっと言ってて。でも、私は二十六まで、その入江さんに誘われるまで、男性とお付き合いした事がなくて。……それより、先生。母は今、本当に人が変わったみたいに落ち込んでいて、気の毒で。私には、もう、その母しかいないのに、夢では母に反感を持っていて。……起きてから、それが 悲しくて泣いたんです」

柚木は優子の話を聞きながら、カルテに走り書きをしていた。左手を頭にあてて、考え込んで いた。それから、おもむろに話した。