アサオはまず模擬店で食券を全部使い、展示物は前日の用意してある時に既に見てあるので、自分のゲートボールの写真や書道の作品をもう一度見て回った。昼休みには体育館でカラオケ大会。作業療法士の日和(ひより)ちゃんと「いつでも夢を」をデュエットする。40歳以上も若い娘とデュエットするのはイイ気持ちだ。
午後からは催し物を観る。音楽クラブの合唱やパフォーマンス。先生方と職員と外部のコラボのバンド演奏を楽しみノリノリの一日だった。
疲れて病棟に4時頃戻った。今日一日が終わり明日から実習生も迎え、希望会のゲートボール大会ももうすぐだ。秋は病院の行事も多い。一年の内で一番忙しい季節だ。実習生は今年は市立看護専門学校の女性。看護師のIさんが紹介してくれた。利発そうでスリムな二十歳の娘だった。初めは負担に思ったが、何でも話を聞いてくれるので調子に乗っていろんな事をしゃべった。
「キシャのキシャがキシャでキシャした」
このキシャの漢字は何か、以前、何かの記事で読んだのを思い出し問題を出したら、「貴社の記者が汽車で…」迄は書けたが帰社が書けなかった。社会経験のない実習生にとって帰社という概念は分からないようだった。パソコン変換でヤレば一発だが、ハタチの娘には全問正解とはいかないようだ。
75歳のジジィが二十歳の娘と膝を並べて話をするという事は実社会ではあまりある事ではない。実習生を担当するというこの楽しい時間が10日間与えられる。選んでくれたI看護師さんに感謝。
ゲートボールの時間は毎週火曜日の午前、実習生も今日、見に来る。アサオは第一ゲートを一回で通さなければならないと思う。第一ゲームは第一ゲートを一回で通した。だけど実習生は別のコートで別の試合を見ていた。イイトコを見せる事が出来なかった。第二試合は実習生が見ている。イイトコを見せなければいけないと思い、ちょっと緊張した。
アサオらしくもない。3回やっても通らない。4回目でやっと通る。通った頃にはゲームは20分たって終わっていた。出来れば歓喜、活躍出来なくても、次のハードな練習のモチベーションになれば良いとの覚悟で臨む。イイトコ見せられんかったが、実習生に自分の話をよく聞いてもらい、最後に「ゲートボール頑張って」というパネルを思い出に残し去って行った。
もう会う事もないだろうが、白い雲がポッカリ浮かんだ、明るい秋の一日だった。
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