泣き笑い
東海の小島の磯の 白砂に
われ泣きぬれて蟹とたはむる
石川啄木
東海道・吉田の宿・現在の東海道新幹線の停車する豊橋の地にアサオは75年間生きた。
44歳の時、妻豊子と一緒になり、2024年10月で結婚32周年を迎える。
長い人生だった、いやほんの短い人生だった、とも感じる。だけどこの話はアサオの人生を書いたものであり、アサオの置かれている状態、豊橋の南部にあるKK病院に入院している現在の生活を描いたものである。
第一章 老いてなお青春
日常生活の悲喜劇
ある秋の日、アサオは朝早く、まだ早い4時頃ベッドで目覚める。4時過ぎには夜勤の看護師が各ベッド、各病室を巡回してくる。今日の夜勤はトミちゃんとフミさんと呼ばれる二人である。
トミちゃんは30代で三人の子のお母さん、主婦・看護師・母親と一人3役をこなすバリバリの看護師である。いつも昼間はテキパキと患者をこなすヤリ手であるが、夜は疲れたような顔をしている。もう一人のフミさんは26歳、一人子供が居るが未婚の母である。二人とも美人だ。フミさんが回って来た。アサオが起きてベッドで座っていると、いつものように声をかけてきた。
「アサオさん、おはよう」
「おはよう」
フミさんは次の部屋へ巡回して行った。6時には灯りが点いて、病院の一日が回転しだす。
アサオは洗面所でヒゲをそり、ナースステーションで毎日購読している毎日新聞を受け取ると室に戻ってコーヒーを飲み、紙面を読む。1面、2面と読み、3面が社説、経済面、政治面、国際面、オピニオン、あとは「女の気持ち」「男の気持ち」のコラムとスポーツ面は中日ドラゴンズが勝ったかどうか確認して、あとは社会面の見出しを流し読みしてTV欄をみる。
今日は面白い番組はやってないナァ、最近面白い番組が全然ない。アサオは報道番組が好きだが報道番組などアサオの居るKK病院の病棟ではメッタにかからない。チャンネル権を持っている竹村さんと喜一じぃは、スポーツと歌とドラマばかり見ている。
午前7時になると開放病棟のドアの施錠がはずされる。皆いっせいに我先にと喫煙場所のあるグランド・外来の自動販売機へと殺到する。それは爽快な風景である。タバコをすわないアサオは自販機の炭酸飲料を買いに走る。
自販機の前で同じ患者のアサオと仲の良い神(じん)ちゃんと中尾さんがしゃべっている。するといろんな人が前を通る。病院の防災管理責任者は元厚労省の地方局を課長で停年になり今病院に勤めている白い野球帽を被ったTさんがさわやかな顔で近づいてくる。