「おはよう」とTさん。
皆も「おはようございます」と返す。
朝の気持ちよい挨拶、今日の当直師長は西4病棟師長のTさんだ。人事課長Tさんの奥さんである。KK病院には親子、夫婦、親戚と一緒に働いて居る人達が大勢いる。
理事長の可能久仁子さんは、KK病院創立者の可能義一先生の娘さんである。現在の院長はN大学医学部内科の甲状腺ホルモンの権威・名誉教授のM先生である。当直師長のTさんが笑顔の挨拶をし、朝の会話が弾む。このあと病棟へ帰って朝食となる。
その後、9時15分の検温迄が朝の一番暇な時間帯である。検温は7、8人の看護師が体温に脈とトイレの回数を聞いて巡る。その前に昼番の看護師が小言と一日の予定を述べる。今日は月曜日、午前中は絵画クラブと午後書道と共同創作・スポーツクラブの中から一つ選んで好きなものに参加出来る。
毎週決まった文句の注意事項。地震があったらエレベーターに乗っている時は云々。トイレで煙草を吸う人が居る云々。絶対ヤメてくれ。外来には用のない限り出来るだけ行かないでくれ云々。と小言が並ぶ。10時から朝のリハビリだ。10名程の作業療法士が指導に当たる。アサオは月曜は書道の日だ。
今日は「もみじ」「運動会」の字の練習だ。ほとんどの人は一枚しか書かない。「今週の一枚」を作業療法士のNさんがコメントを付けて選ぶ。今日の「今週の一枚」はアサオの「もみじ」だ。
「一画一画が丁寧に書かれていてまるで紅葉した山の風景を見ているようです」
こんな調子だ。午後のリハビリが終わるとまた、退屈な一週間が始まる。
この前、書道の時間で「銀杏」と書いた。アサオはイチョウと読んだ。そしたら転職した新しい看護師のHさんがギンナンと言った。アサオは大声でイチョウと抗議したら、看護師のIさんが「不穏だ」と言った。
主治医のI先生が指定医の権限で72時間の「隔離」行きがアサオに命じられた。12月だった、寒かった。
隔離は4m四方の板の間でトイレに使用する穴と布団がワンセットとトイレットペーパーが置いてあるだけの室だった。そこにアサオは手帳と数冊の本とコーラを持って入った。初めIさんがコーラを取り上げたのでアサオが泣いて頼んだら許してくれた。3日間は長くて寒かった。36時間位たって何時か分からないが看護師が連れ出し、鍵がある重いドアを開け、出ろと命じた。
隔離に入る患者は精神科では罪人である。いい扱いなど受ける訳がない。
👉『老いてなお花盛り アサオ75歳の青春』連載記事一覧はこちら