【前回の記事を読む】一人っ子で、甘やかされて育った。大人しい父の頬を一度殴ると、それっきり何も言わなくなった…
湖の記憶
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サトルにはカメラマンの素質があったようだ。写真スクールに入学して、サトルはすぐにその才能を開花させた。スクール講師だった佐々木は、サトルの構図を選ぶその才能にいち早く気づき、助手の仕事を任せた。
佐々木は地元で写真館を経営しながら、世界中の写真を撮っていた。サトルは佐々木を尊敬し、佐々木の一挙手一投足に目をこらしていた。見て覚えろ。これがプロのカメラマン界の教育方針だった。
その頃の佐々木は世界遺産の写真を撮るために世界中を回っていた。サトルは海外に初めて連れていってもらった。フランスのモンサンミッシェルやリヨンの歴史地区、スペインの古都トレドやアルタミラ洞窟など、テレビや教科書でしか見たことのない世界に、サトルは浮き立っていた。
「おい、サトル。遊びに来ているんじゃねえんだぞ。しっかり仕事をしろ」佐々木には何度も叱られた。
休憩時間には自分の撮った写真を、琴音に送った。「いつか一緒に行こうね」というメッセージとともに。
二十四歳のとき、佐々木から独立してプロのカメラマンになった。すぐに自宅の近くに事務所を借り、写真館を始めた。出会ったときの琴音の年齢になって、これからは自分自身の力で稼がなくてはならない、サトルはそう決心していた。そんなサトルを琴音も応援してくれた。
春、桜が満開になる頃、サトルは琴音を自宅に招いた。最初は緊張していた琴音も、サトルの両親とはすぐに打ち解けたようで、楽しそうにサトルの子供の頃の話を聞いていた。
やはり小学生以降の話ばかりだった。サトルは琴音に自分が小さい頃の記憶がないことを話していた。両親がそれを教えてくれなかったことも。
琴音が自分の小さい頃のことを聞いたら、両親は答えてくれるのだろうか。サトルは琴音に期待したが、琴音は両親の話の聞き役に徹していて、いつの間にか今度は琴音の昔話に変わってしまった。
プロカメラマンになって二年後、琴音の三十二歳の誕生日に、サトルは琴音にプロポーズした。サトル二十六歳のときだった。