第二章 邂逅
一.三月十日(日)
朝の気温が零度近い頃のことだ。
その日は、車で二十分も走ったところに、古書店があることを知った。調べた範囲では大きなお店のようだ。ここに来てからは、自宅の近所にあるコンビニやスーパー以外は訪れたことがなかった。私はわくわくしながらタクシーに乗り込んだ。
二十分ほど走ると、タクシーは広い駐車場に入った。空を見上げると、曇ってはいるが雪が降ってくる様子はなく、私は安心して店内に入った。うっかり傘を忘れてきたのだが、ここを出たら、せっかくなので付近のお店も見て回りたいと思っていたのだ。
店はかなり広く、本や漫画、雑誌がびっしり入った棚が何列も並んでおり、明るい店内には清潔感があった。全国に店舗を持つ書店チェーンのようで、私が以前時折通っていた東京神田の古書店とはかなり趣が異なっていた。
入るなり私はこの店がとても気に入った。今後何度も足を運ぶことになりそうだなと思いながら、いろいろな作家の本を手に取っていた。気づくと、買い物かごが二つ、本でいっぱいになっていた。
会計を終え、本が詰まったレジ袋をいくつも手に提げて、次はマイバッグを持ってこなくてはと、一人ぶつぶつ言いながら外に出てみると、いつの間にか雪が降り出していた。すでに三月になっているのに、やはり雪国だなあ、と思わず立ち尽くしてしまった。
さて、どうしたものか。私は冬の外出時は必ず傘を持っていってという、ご近所さんの言葉を思い出した。付近の散策はあきらめよう、まずはタクシーを呼ばねばと思っていると、後ろから声をかけられた。
驚いて振り返ると、五十代半ばくらいの男性が立っていた。
「お車までお運びしましょうか」
言葉は丁寧だが、その男性の顔つきは厳しく、にこりともしていなかった。
「いえ、今からタクシーを呼ぼうかと」
「ご自宅はどちらですか。どの辺ですか」
「えっと、こちらに来てまだ日も経っていないものですから」
私はおたおたしながら、上着のポケットからタクシーを呼ぶための自宅の住所を書いた紙を取り出して、その男性に見せた。
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