【前回の記事を読む】日本の景観を損なうピンクのアレ。なぜ日本人は、自然の中に醜い人工物を置きたがるのか。
湖の記憶
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それ以外の客は甲板に出ているようだ。サトルは向かって右側の後部座席に腰を下ろした。湖面に波が立ち、船を上下に揺さぶっている。ところどころにボートで釣りをしている人たちが見える。
湖は山に囲まれ、高台から見た以上に入り組んでいる。船内放送は続いていた。この湖は火山の噴火により山の一部が崩落し、川や沢がせき止められてできたのだそうだ。
春には桜、秋には紅葉がきれいで、真冬には湖面が凍り、ワカサギ釣りの客で賑わうらしい。船は岩肌ギリギリを通り、サトルは不安になって船長に目をやったが、船長にとってはいつものコースなのだろう、移りゆく山々の名前を淡々と説明する声には、まったく緊張感がなかった。
甲板にいた客たちが船内に戻ってきたのを見て、サトルはカメラを手に甲板へ出た。ファインダー越しに風景をのぞき、何度もシャッターを切る。
写真を撮り終え、船内に入ろうとしたとき、ある風景がサトルの目に飛び込んできた。
「これだ」
その風景がサトルの過去の記憶をよみがえらせた。それは小さい頃に何度も見た、もうとっくの昔に忘れていたはずの夢の中の風景だった。
「オレはこの景色に巡り合うためにカメラマンになったんだ」
サトルはそう確信した。