【前回の記事を読む】「あれに乗らなきゃ、達也は他の女とセックスするんだよ?」心が壊れた親友は、私には見えないバスを追う…「行っちゃ駄目!」
湖の記憶
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目の前に湖が広がっている。
空には重い雲が立ち込め、湖はグレーに濁っていた。ときおり強い風が吹き、湖の面を波立たせている。
森本サトルは高台の駐車場に車を停め、湖全体を見下ろせる場所を探していた。駐車場の先には芝生が広がり、ベンチが四組並んでいる。
一番奥のベンチの前まで歩く。そこならば湖全体がほぼ見渡せる。湖にはいくつもの小島が浮いていた。
ここには前に来たことがある。湖を一目見てサトルはそう感じた。プロのカメラマンであるサトルには一度見た風景は絶対に忘れないというプライドがあった。しかし、この湖に来たのは初めてのはずだった。
サトルは頭の中の引き出しを一段一段開けながら、この風景と一致するものがないか確認してみた。しかし、同じ風景はどこにも見当たらなかった。
「いったいオレはいつ、この景色と出会ったのだろう?」
雪交じりの風がサトルの顔をたたいた。顔の筋肉が強張り始めている。サトルは暖をとるため一度車に戻り、ポケットからメモ帳を取り出した。
メモ帳には日本全国の湖の名前が地域別に整然と記載されている。撮影を終えた場所は二重線で消してある。
やはりこの湖はまだ消されずに残っていた。訝しく思いながらも、サトルは後部座席に置いたバッグからカメラを持ち出した。
「とりあえず仕事を済ませるか」
サトルは車から出ると、良いアングルを求めて先ほどのベンチへ向かった。
サトルは被写体に向けて、いろいろな角度から何度もシャッターを切った。乾いた空気にシャッター音が響く。指先の感覚がなくならないうちに撮影を終わらせたかった。
「まあ、こんなもんかな」
サトルは満足げな表情で、車へと走った。撮り終えた写真を一枚一枚チェックする。
まずまずの出来ばえだ。
「よし、湖畔まで行ってみるか」今日はあと二か所、近くの湖を撮影する予定だった。しかし、喉に骨が引っかかっているような状態のまま、この場所を離れたくはなかった。
今夜は車中に泊まればいい。明日は予備日に取ってある。サトルは湖畔への道を下った。