遊覧船乗り場の駐車場に車を停めたときには、雪はすでに止んでいた。切符売り場は年季の入った古い木造の板張りでペンキが剝がれ、いつ潰れてもおかしくもない容貌をしていた。
もうすぐ冬だというのに、それでもきまぐれな数組の客が切符売り場の前で順番待ちしていた。桟橋には立派な二階まである遊覧船がすでに待機している。若い男女の係員が乗船口付近で、手に息を吹きかけ、何やら笑いながら話していた。
湖の中心からやや右奥に小さな浮島があり、カモが二羽、体を寄せて温めあっている。そのさらに奥、真向かいの岸の先にはホテルが三軒並んでいた。左に目をやると、行き場を失ったピンク色の白鳥たちが手持ち無沙汰に固まっている。
日本の湖では見慣れた風景だ。せっかく自然の中でリフレッシュできるのに、なぜ日本人はそれを一瞬でぶち壊してしまうような、こんな醜い人工物を置きたがるのか、サトルには理解できなかった。
日本人は独自色を排除して、日本中を同じ風景にすることに熱中する生き物らしい。ただ、今目の前に広がっている景色は、日本中のどこにでもあるものとして記憶に残っていたわけではなかった。サトルには確かにこの湖に来た記憶があった。
客が桟橋に走っていくのが見えた。カメラを手に、サトルは慌てて切符売り場へ向かった。
千二百円を払い、切符をもらう。
「もうすぐ出発しますのでお急ぎくださーい」
桟橋で男性係員が大きな声で叫んでいた。サトルは急いで乗船口まで走り、女性係員に切符を差し出した。
「ご乗船ありがとうございまーす」
男性係員がサトルの乗船を確認し、船をつなぎ止めていた縄を外した。
エンジン音が聞こえ、船がゆっくりと動き出した。船内放送が乗船に対する感謝の言葉を伝えていた。一階には誰もいなかった。客のほとんどは二階に上がっているようだ。サトルも二階への細い階段を上った。
二階の席もガラガラだった。一番前にコートを着たままの老夫婦が仲よく座っている。通路を挟んだ反対側の真ん中あたりに学生風の若いカップルが手をつなぎながら、お互いの顔と窓外の風景を交互に見つめている。
次回更新は8月30日(土)、18時の予定です。
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