グラスに口をつけようとした瞬間。
「無理すんなよ」
「え……?」
隣からすっとグラスが奪われた。代わりに目の前に置かれたのは、烏龍茶のジョッキ。
「大丈夫、口はつけてないから」
「あ、ありがとう……」
起きたことをまだ飲み込めないまま、秋斗の方を見た。
「あんたお酒、飲めないんだろ? それなのに芋焼酎飲むなんて何考えてんの」
「そ、れは……」
雰囲気を悪くしたくなかったから、とは言えなかった。おそらく他人がコミュニケーションで大事にしているそういうことが、彼には通じないだろうと思った。
「お水もさっき頼んだから。しばらくはそれ飲んでろ」
(……意外と、そういうところに気づいてくれる人なんだ……)
他人には1ミリも興味がないという顔をしていながら、意外と見てくれている。そのことに、かすかな安心を感じたのだった。
その日の飲み会が終わり、最初は会話がなかったらどうしようと不安だったものの、同じ会社にいるというだけで意外と盛り上がった。
終電間際に店を出て、駅前で輪になる。
「今日マジ楽しかったわ。また飲もうぜ」
「みんな何線で帰るの? 俺JRだけど、一緒の人いる?」
「はーい」
「俺も」
「私も」
(よかった、みんな電車なんだ……)