【前回の記事を読む】風が伝える嫌な気配に身を起こした。岩山の陰から騎馬が尋常ではない速さで駆けてくる…! リョウは素早く馬に飛び乗った。

第一部 草原の風

一 白昼の襲撃

(二)

長城外で暮らすようになった父、康憶嶺は、ソグド人アクリイに戻った。そして、辺りに住む突厥の遺民である遊牧民の助けを借りて細々と遊牧をしながら、少しずつ昔の仲間を募って交易の仕事を再開し、大きくしていこうとしていた。

今、集落にいるのは、そんなアクリイを慕って集まってきた隊商の元隊員や長安での仕事仲間、そしてその家族を合わせて三十人余り、それに遊牧生活を手伝う川向うの遊牧民たちだった。

持ち前の人を引き付ける魅力と、漢人であれ、突厥人であれ、もちろんソグド人であれ、分け隔てなくまとめ上げる父の周囲には、どんどん人が集まってくるようにリョウは感じていた。

リョウは、自分が知らせるまでもなく、大人たちが異変に対応していることに安心したが、一方で自分が異変を察知して一目散に駆けてきたことを、父に褒めてもらえないことに少しがっかりした。

それでも、いつも父から危急時にはそうしろと教えられていたように、急いで矢筒を背負い、短弓を手にした。

まだ父のようにがっしりした体躯にはなっていないが、背丈は父の肩の高さほどに伸びたリョウは、大人と同じ短弓を使っている。腰に茶色の革帯をしっかり巻き付けると、大人たちの輪の中に走っていった。

この革帯には、六本の石鑿(いしのみ)が差し込まれている。それは石屋の仕事道具である石鑿を細身に加工して先端を尖らせ、飛刀として使えるようにした武器だった。祖父の一族が、昔から戦に行くときに着用していたものだという。

リョウも小さい頃から、祖父の家の庭で石鑿を投げて遊んでおり、この革帯と石鑿は長安を離れるときに祖父から贈られたものでとても大事にしていた。草原の暮らしの中でも、リョウはよくこの石鑿を取り出しては、離れた木に向かって投げる練習をしていた。

砂塵をあげて近づいてきた騎馬軍団の十数騎は、その軍装から漢人部隊であることがわかった。後方からは、唐軍のものと思われる旗を掲げた徒(かち)の兵も走って来る。

「俺が話を聞いてくる」