アクリイが前に出ていくと、隊長らしき者が声をかけてきた。
「ここにソグド人商人の康憶嶺がいると聞いた。いれば出てくるように」
「私が康憶嶺ですが、何のご用でしょうか?」
それを聞いた隊長が部下に目配せすると、屈強な二人の男が馬から降りてきて、問答無用とばかりに、いきなりアクリイの両腕を取って後ろに回すと、身体を押さえつけて跪(ひざまず)かせた。
「何をする!」
その言葉に、アクリイの仲間が走り出そうとするのを見て、隊長は部下に命じた。
「朝廷に弓引く者たちだ、皆殺しにして、村は焼き払え」
鎧と兜で完全武装した兵たちは、後ろで見ていたリョウたちに向かって、一斉に馬上から矢を放ってきた。防御の陣形は取っていたものの、まさか正規の漢人部隊が理由もなくいきなり攻撃してくるとは考えていなかった大人たちは、慌てて荷車の陰に身を隠した。
それでも何人かは矢傷を負ったようで、うめき声が上がっていた。百戦錬磨のアクリイは、放たれた矢の先に眼をやった敵の、一瞬の隙を見逃さなかった。
そっと片膝を立て、いったん少しだけ身体を前に倒すと、膝と腿の反動を使って思いっきり地面を蹴り、右肩に全体重をかけて右後ろの敵にぶつけた。
たまらずほどかれた右手の拳を、身体をねじりながら左の敵の喉元に食い込ませると、すぐさまその腕を右に振り、立ち直った後ろの敵に強烈な肘打ちを食わせた。
それは、リョウには瞬きをする間のようだった。初めて目の当たりにする父の実戦に感動を覚えた。同時に、降り注ぐ矢に恐怖も覚えた。面と向かって矢を射かけられるのは初めての経験で、思わず眼をつむってその場にうずくまりたい衝動に襲われた。
だが、こちらに走ってくる父の背に敵の矢が刺さっているのを見ると、腹の底から父を呼ぶ声が湧いてきて、無我夢中で弓に矢をつがえ、敵に向かって放ち始めた。
荷車の陰まで駆け戻ったアクリイの背中の矢は、鎧のおかげで深手ではないようだった。その矢を引き抜きながらアクリイが言った。
「奴らは正規軍なんかではない。俺を捕らえて殺すのが目的だろうが、仲間にも容赦はしない。何とか時間を稼いで、その間に皆を逃がすのだ」
荷車には矢がたっぷり積んであり、敵の矢が尽きるまでは持ち堪えそうだった。騎兵と言っても、漢人部隊は走りながらの騎射を得意としない。
遊牧民との戦も経験しているアクリイたちにとって、その攻撃は生ぬるいものであったが、いずれ矢は尽き、追い付いた歩兵も突進してくるだろう。そうなると多勢に無勢、それまでの少しの間の時間稼ぎに過ぎなかった。