【前回の記事を読む】愛犬に「歳取るってどんな感じ?」と聞くと、「わからない…でも、哀しい感じがする」と言われた。ボクたちは会話をしたのだ

不思議と出逢うところ ――ゾーン――

歳を取ってから絵を描き始めた。鉛筆画が多い。絵を描き始めたころは静物画が多かった。果物や食器や玩具類、特に、貝類はよく描いた。そのうち風景画を描くようになり、少し慣れてからはビィの肖像をよく描いた。

犬の肖像を描くようになって他の犬種も描いてみたいと思うようになり、モデルになる犬を探していたときにたまたま訪ねてきた知人がいた。大の愛犬家であるその女性は長年飼っていたボーダーコリーを亡くしたばかりで、死んでから数ヶ月経った今でもその喪失感から立ち直れずにいた。

女性を慰めるつもりもあってその肖像を描こうと思い立ち、生前の犬の写真を預かった。白黒のボーダーコリーだったので鉛筆で描いた。厚手のケント紙に薄い鉛筆でデッサンをし、そのデッサンに少し濃い鉛筆のデッサンを重ねる。そのデッサンにもう少し濃い鉛筆を重ねる。

しばらくは順調に描き進めたが、そのうち、左肩の部位が妙に描きにくいことに気がついた。その部位の毛並みだけがうまく描けないのだ。鉛筆の芯が引っ掛かり、毛並みがささくれ立って絵にならない。

忠実に再現しようとするのだが描けない。不思議に思い、その左肩の部位だけ消しゴムで消して何度も描き直したが、他の部位はスムーズに描けて犬の毛並みを忠実に再現出来るのに、その部分になると毛並みが荒れる。

適当に描いてしまえば、よくよく見ないとわからない程度には仕上がるのだが、描いている本人としては納得がいかない。本来であれば何でもなく描ける部位なので不思議だとも思う。しかし、描けない。

何度も消しゴムで消して描き直し、消しては描き直しを繰り返したが、やはり、うまく描けない。一応それらしくまとめたが、本人はまだ納得がいかない。試行錯誤を重ねてまた描き、描き疲れてトイレに立ったその拍子に、ふっと、語りかけるものがあるのに気がついた。

そのものは心情を切々と訴える。その犬と女性が姉妹のように育ったこと、自分がその女性と女性の母親を残して逝かなければいけなかったこと、二人を残して死ぬのがとても心残りだったこと、老いた母親が死ねばその女性がたった一人になってしまうこと、今は一人になってしまう女性の行く末がただただ気がかりなこと。そんな胸の内を切々と訴え続ける。