【前回の記事を読む】右の脇腹を描こうとしたときに何故か手が止まった。そういえば、マサヲ(秋田犬)の死因は右側の臓器の悪性腫瘍と聞いており…

不思議と出逢うところ ――ゾーン――

それはマサヲを囲んでいた犬たちの生前の飼い主にそれぞれの犬の思いを伝えてほしいということだ。言われたときはあまり深く考えずに安請け合いしたのだが、よくよく考えてみると、それぞれの犬と繋がるにはそれぞれの肖像を描かないといけない。それはそれで大仕事だ。

そもそも絵を描くには生前の写真も必要だし、大体、あの犬たちの元の飼い主もわからない。そんな事情で、結局、その約束は果たせずに終わった。

ゾーンに入ると内側と外の世界の境界がなくなり、時間の感覚がなくなる。内と外が繋がるとこんなことがよく起きる。

埜田さんの形見

埜田さんとは長い付き合いになる。彼の生前が十五年、死んでから十五年だから概ね三十年ほどの付き合いだ。彼とはボクが三十代の半ばのころに知り合った。

当時、ボクは趣味で始めた熱帯魚飼育に夢中で、休日になると近在の熱帯魚店に足しげく通っていた。

埜田さんはボクの住む街の隣街の熱帯魚店の店主で、その店は空前の熱帯魚ブームと いう当時の世相もあっていつも混んでいた。熱帯魚店の店主は多弁で、セールストークが巧みで、滑舌の良いその弁舌は商品の説明となると立て板に水だった。一旦話し出すと客が買うまでとことん話し倒す。

後に彼が語ったところによると、店に客が入ってきたら、まず、カモかどうかを見極める。彼に言わせれば、理由はともあれ店に迷い込んでくる客は大抵カモだ。意地でも買わないという客はまずいない。