自己の栄達のために他人の人生を利用しているような気がしていたたまれなくなったからである。

一夏はその後、今城病院を退職した。今は横浜の総合病院の救急外来で働いている。これがかなりの重労働らしく、なかなか休みが取れず、しばらく彼女とは会えていない。

でも海智はあまり心配はしていない。一夏とはまた必ず会える。そんな気がしている。

この半年間、あの事件は自分にとってどういう意味があったのか、彼は常に考えてきたが、未だ明確な答えは得られていない。

ただ、海智には一つ気にかかっていることがあった。それは、石川嵐士の部屋の前で梨杏の姿を見た時のことだ。

あの時は気が動転していて気付かなかったが、実は彼女は彼と目が合っていたのではないかと思い返しているのである。その時彼女は、助けを求めるような悲し気な瞳で彼を見ていたのではないか。

勿論、本当に彼女が彼を見ていたという確証は何もない。彼は彼女に対して後ろめたい気持ちがあるので、そんな風に錯覚しているだけなのかもしれない。だが、それでもやはり彼女のためにもう少し何かできることはなかったのか、彼はずっと悔やんでいるのである。

海智は今、教員採用試験の参考書を手にしている。勿論、彼なぞが教師になったところで、いじめを無くすことなんてできないかもしれない。

それどころか自分のクラスで酷いいじめがまた起こるかもしれない。だがそれでも梨杏のような悲劇が起こる前に、少しでも何かできることがあるのではないかと彼は思っているのである。

彼は高校二年の時の担任の名前と顔をはっきりと覚えている。だが、何故かその声だけはどうしても思い出すことができないのである。

梨杏が虐められていた時、そして彼女が自ら命を断とうとした時、担任が自分達にどんな声で何と言ったか、全く思い出せないのである。

海智はそんな教師にだけは絶対になるまいと心に誓った。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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