「あ、アキ子さんだわ。私、あの人苦手なの」。そう言って書棚の奥へと逃げ込む少女に向かって光一はささやいた。
「あ、ちょっと待って。もう一度会えるかな」
「いいわ。あなたなら」
少女は一瞬振り向いてそう言うと、暗闇の中へと消えていった。
ほどなく誰かが扉をノックする。
「はい」。光一は返事をするのがやっとだった。「すみません。すっかり遅くなってしまって」。アキ子さんと思われる女性が慌てた様子で入ってきたとき、梯子に登ったままの光一は仕方なくその状態でばつの悪いあいさつを交わした。
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翌朝、光一はいつものように事務所に啓二を呼び、打ち合わせに入る前に昨日のできごとを報告した。ただ、書斎で会ったふしぎな少女のことはまだ伏せておくことにした。
エアコンがかすかな音を立てて室内の空気を適温に保っている。蒸気で曇ったガラス窓に目をやると、外の景色はいかにも寒々としていた。
「社長の自宅、予想に反してクラシックな洋館だったよ」
「あー、そう来る?」。そう言うと啓二がニヤニヤしている。
「どうしたんですか。いきなりのおやじギャグ……」
啓二の意外な反応に光一は少し面食らった。
「え……」
「和菓子屋の社長の自宅は、やはりヨウカンでしたか……」
「あ……」
啓二に指摘されて、光一は思わず苦笑した。
「光一さんでも気づかないことあるんだ。珍しいっすよね」
「いや、いろいろと考えていたもんだから」
「で、なにかわかりましたか?」
「わからない。ただ……。若社長と同じようにオレも不自然だと感じた。現場は屋敷の離れで、中庭に接する窓のセキュリティはすべてオンになっていたという。つまり完全な密室状態だ。他殺だとすれば犯人は、書斎の扉から堂々と入り、堂々と出ていかなければならない」
「それって、至難のワザですよね」