【前回の記事を読む】クラスになじめず不登校ぎみの少年。喘息、いじめ、父の死…。逆境の中で芽生えたのは、「医者になりたい」という夢だった

一 清水の爺(じい)ちゃんとの出会い

七月の空は、どんよりと鉛色(なまりいろ)に濁(にご)り、重くのしかかってくるようだった。

暦(こよみ)の上では盛夏(せいか)のはずなのに、盛夏独特(せいかどくとく)の真(ま)っ青(さお)な空に白い入道雲(にゅうどうぐも)がむくむくと躍動(やくどう)する光景(こうけい)は、ここのところほとんど見られない。

毎日が、雨が降ったり止んだり、また降ったりの不順(ふじゅん)な天候であった。

まだ、梅雨(つゆ)が明けていない。

湿(しめ)った空気が、べっとりと肌(はだ)にへばりついた。

 

東京郊外(とうきょうこうがい)に住む佐々木正夫(ささきまさお)は、今、小学校五年生の児童(じどう)である。

今日は学校を休んだ。今日はというのは表現が適切(てきせつ)ではない。今日も学校を休んだというのが正しい。

何しろ、正夫は小学校に入学以来、登校(とうこう)するよりも、不登校(ふとうこう)の日が多かった。

不登校の日は、おんぼろアパートの自室(じしつ)で、お腹(なか)が空(す)けば母の握(にぎ)ってくれたおにぎりを食べる。

後は、子供たちに圧倒的(あっとうてき)な人気(にんき)のある漫画雑誌(まんがざっし)を熟読(じゅくどく)することもなく、ただ、ペラペラとめくり、何をするでもなく、世捨(よす)て人(びと)のようにボーとして過ごした。

たまに外の空気を吸(す)いたくなった時には、アパートの空き地に茂(しげ)っている雑草(ざっそう)を見ることがあった。

空き地は、まるで雑草図鑑(ざっそうずかん)だった。空き地には、柔らかい緑色の葉のエノコログサなどのイネ科の植物が密生(みっせい)していた。

あちこちに、ピンクのねじれた穂(ほ)を出している愛らしいネジバナも咲いていた。カタバミも、シロツメクサも、ヘビイチゴも生(は)えていた。

正夫は、雑草の名前はほとんど知らなかった。

そんな中に、一際(ひときわ)目立つ、真っ白やうす紫の星形(ほしがた)の花が咲いていた。花びらの中に黄色のオシベの袋(ふくろ)である葯(やく)が美しく並んでいた。

その息苦(いきぐる)しいほどの可憐(かれん)で清楚(せいそ)な様(さま)は、空想(くうそう)や物語でしか登場(とうじょう)しない純真(じゅんしん)な美少女(びしょうじょ)を思わせた。