「何て美しいんだ」
正夫の唇(くちびる)から弾(はず)んだ声が飛び出した。
クラスには女子児童がいたが、正夫には冷たい存在(そんざい)だった。正夫自身にとってはクラスの子供たちは、男女を問わず、警戒(けいかい)の対象(たいしょう)であり、全く気を許(ゆる)していなかったからかもしれない。
正夫は、あまりの得(え)も言われぬ、透(す)き通るような美しさに引き込まれるように触(さわ)ってみた。
「イテテテ! 痛(いた)いじゃないか!」
あまりにも痛かった。正夫の手に棘(とげ)が突き刺(さ)さった。突き刺さったところから血がプチンと出てきた。可憐とは名ばかりで、葉や茎(くき)に鋭(するど)い棘がいっぱい生(は)えていた。
(やっぱりなア。お前もか、オッカネー花だな……)
と思っていたところ、同じアパートの隣室(りんしつ)に一人で住んでいる、清水(しみず)さんという日焼(ひや)けし顔中皴(かおじゅうしわ)だらけの眼鏡(めがね)をかけた白髪(しらが)のお爺(じい)さんがやって来た。
顔中皴だらけであるから、いかにもヨレヨレのお爺さんようであるが、実際(じっさい)の年(とし)は意外に若く、年を聞くと、
「もう、六〇ですよ」
聞いた人は、一様(いちよう)に、(もっと、年をとっているではないか)と思うようだった。
春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)、山野(さんや)を歩いているから、これでもかと顔や露出部分(ろしゅつぶぶん)が紫外線(しがいせん)を浴(あ)び焼かれているので、肌(はだ)が老化(ろうか)しお爺さんのように見えるのだった。
若い時からの若白髪(わかしらが)が年とともに増(ふ)え、清水さんを見る人は誰もが、ずいぶん前から「お爺さん」や「爺さん」と呼んでいた。でも、見かけとは裏腹(うらはら)に足腰(あしこし)はかなり丈夫(じょうぶ)だった。
清水さんは、「お爺さん」と呼ばれても、何の違和感(いわかん)も持たないで、ニコニコとして「アイよ」などと応(こた)えていた。
清水の爺さんは、夕方には塾(じゅく)の先生としての仕事をし、塾がない時には、よく散歩(さんぽ)に出かけていた。アパートの二階から、一階に降りる時には、決まったように笑顔(えがお)で、
「~♪」
などと若々しい声で、いかにも楽しそうに歌を歌って出かけていた。
次回更新は12月24日(水)、11時の予定です。
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