「人類の祖先と思しきものがあらわれたのが、およそ五百万年ほど前だけど、石器はというと二百万年以上前から作っててね、ハンドアックス、つまり握斧(あくふ)という西洋梨のような先端がとがった石器が百万年ほど前にあらわれたんだ」
さらに身振り手振りを交え、握斧は両刃のナイフのように、獲物の皮をはぎ内臓の詰まった腹膜のふくろをたやすく取り出したりするのに使われた、という。
「ゴロンゴロンと器用にね。あのオルドヴァイ渓谷の遺跡からもたくさん出ます」
唯井はオルドヴァイと聞き、
「え、知ってるよ。ケニアの南にある遺跡だろ、あのリーキー博士の。それにコナン・ドイルの『失われた世界』の舞台だろ」そう自慢して言うと、
「よく知ってますね。でも、ドクター・リーキーが化石人骨や石器を発掘したオルドヴァイ渓谷は、隣国のタンザニアね。彼がケニアでみつけた遺跡はトルカナ湖の西岸。それからこれも余計だけど、わたしと同郷のコナン・ドイルは、ギアナ高地を小説のモデルにしたですね」
唯井は耳がまっ赤になるのが分かった。しかしこのジョイスというオジサンの日本語は、独特のイントネーションや言葉使い以外は完ぺきだ。そして愛すべき牧師顔からは、とても学者然としたようすは窺えないが、どうやら本物の学者のようだ。
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