JJは話の途中で、唯井のループタイの留め具に結び付けてある飾りを指さして
「ミスター《ゆい》、それは珍しいものですね」
「この彫り物が? これはただのみやげ品さ、ダウンタウンで買ったんだ」キベラ・スラムで昨日騙されて殺されかけたモノとは言えず、そうごまかした。――どうやら考古学者も怪しいものだな――すると、
「フランスの国立博物館に、もうひと回り大きいサイズで、よく似たものが展示されてるね」と博学そうなことを言う。
「へえー、本物は有名なんだ」そう思ってあらためて見ると、女性の肩から上の半身像で高さが四センチほど、顔のよこ幅は二センチほどの小ぶりな石の彫り物だ。
象牙色の地にうすく朱色がかかり、日本の江戸時代の根付を思わせる。丸顔だがくっきりとした目鼻立ちで、首は細ながく、格子もようのフードを頭の後ろにたらしている。デフォルメされた現代アートと言ってもいい。JJはさらに
「フランスのものはレディ、貴婦人と呼ばれてる。フードの貴婦人ともね」
唯井はこのいまいましい彫り物をよほど捨てようと思ったが、バカの記念で「まあ戒めだ」と、像の首の部分をループタイの留め具に結びつけ、飾り代わりにしている。ちょっと興味を覚え
「フランスの博物館のものは古いのかい」ときくと、
「本物の貴婦人は二万年以上前のものかな」と素っ気なく言う。
「え、二万年!」ひとり興奮した。「信じられないな、まさに現代アートだよ」
ところがJJは、逆に今のわれわれは貴婦人はもとより、当時の石器すらうまく作れないと言う。
「石器? たかが石の加工だろ、どうして?」唯井はいつもの悪い癖でこだわったが、考古学者らしいJJは構わず
「石器はいままでに本やなんかで見たことあるでしょ」
と勝手に説明をはじめた。