【前回記事を読む】宮大工になったのは明確な理由があった。毎日鉄拳が飛び、激しい言葉を浴びせる父親のいる家族で育った彼は...
1章 不思議な木箱
大工の棟梁の家に転がり込んだ。
棟梁の家ではリウマチを患っている奥様が家事を一手に引き受けていたこともあり、家事や力仕事をこなせる創一を温かく迎え入れた。
技を惜しみなく伝授する棟梁は、日常のさりげない気遣いもあり、創一はワクワクして棟梁の一番弟子を目指した。何より、創一のできることとできないことの境目を把握して、仕事を振ってくれることが嬉しかった。
頭ごなしに命令する父と比べ、和やかで洞察力のある棟梁を尊敬していた。まさに師匠であった。棟梁との生活は前向きに人生を考え始めた創一のかけがえのない助けとなっていた。
うるさい父親から独立し、気遣いのある平穏な生活を希望した。親身になってくれる棟梁の自宅に住み着き腕を磨いた。
手先が器用なのは生まれつきで、その才能を発揮できると考えて選択した職業だ。自身では気が付かなかったのだが、創一にはもうひとつ才能があった。それは会話能力だ。
小さい頃から厳しく、自分勝手な父親と同居していたからか、人の言っていることの本心が分かるのだ。才能というより小さい頃から育った環境のせいなのかもしれない。
本心が分かると、その対応についてへますることもない。この特技によって、若くして宮大工の棟梁になったと言っていい。
その特技に乗せられた志保は創一と結婚した。
創一夫妻には娘二人と、末っ子の遼がいる。
志保にとって後悔の種はいくつかあった。然しながら温厚な自身の性格と先読みに長けた創一の性格で、諍いの種が膨らみ果実を作ることはなかった。