とは言え志保は創一のこの一点は何とかしてほしい─これだけは直してほしいと藁にもすがる思いがあった。それは施主様に届ける見積書のことだ。
「おかしなことが起きた。工事が赤字になっている。変だ」
それは若かりし創一の一言から始まった。棟梁のしでかした計算間違いのため、一緒に働いている大工さんに支払うお金がなくなってしまった。タンスの奥からすべてのお金を引き出しても足りない。
その時は出世払いとして事なきを得たが、それからというもの、創一が作成した『見積書』を志保は必ず見直して書き直している。
「今度は完璧だ」
自信たっぷりの創一が見せたそれは、桁が違っていた。
ゴクリと生唾を呑み込むと志保は丁寧に説明した。
「分かったよ」と言っていたが、創一の頭の中には入っていないようだった。
今までの竣工した仕事においても赤字が多かった。創一が枕元に置いていた封筒の中にある過去の見積書を確認すると、志保は目が眩んだ。
「天才にも苦手なことはある」
怒っている創一を横に見て志保は肩を落とした。
─どうやら創一は数字を記号と考えているふしがある。おおよその感覚でこのくらいの黒字になりそうと考えないのだ。便利な機械と言って平たいボードにある数字を指で押し、出た数字が結論なのだ。