【前回記事を読む】「赤字になっている!?」見積書の計算ミスだった。給料を支払うお金が無い…貯金を全て引き出しても足りなかった

1章 不思議な木箱

父の職場には加工された木材が沢山並んで置かれている。寺院の傷んでいる屋根を補修するための物。遼はその木材の端部を持ち上げたことがあった。理由はなくその重さを見てみようくらいの感覚だった。

それを見た創一は「木が伸びしてる!」と目を丸くして感動していた。その顔を見た遼は、よしっと屈伸を何度も繰り返した。父をもっと喜ばしてやろう。何が嬉しいのか分からないが、遼はひたすら行動した。普段、仕事場で感情を表に出さない父が、「お、お、お」と、目を開けている。

「そこで止まってくれ」「少し上に持ち上げてくれ」「上げ過ぎだ、このくらい下げて」と指でサイズ感を表している。

遼は何が何だか分からない中、その指令に従った。重さに耐えかね膝はがくがくと揺れ、腕はぷるぷると震えた。遼は父のため、頑張った。

──父の仕事に役立っている。

父との一体感がじわじわと胸の中から湧き出てきた。ほめられたことも何度もあり、遼は週末が待ち遠しくなっていた。

暇な時は両端を腰高の台で支えられている加工済みの木材の上にぴょんと飛び乗り、十センチほどの幅でバランスを取ったり、ハードルに見立て何度もジャンプしたりして遊んだ。

創一はその姿を見てにっこりしていた。

「志保がいるから俺は好きな仕事が続けられる」

「昨日の夕飯は美味しかった」

「志保には感謝しかない」

背後から声がした。念仏を唱えているようだった。深呼吸と共に胸の奥から出てくる迷いない真実の思いだ。

それを聞いた遼は子供ながらにこんなことを思った。

──父の週末の出勤は息子とのコミュニケーションのためだけでなく、父が家にいることで母に余計な気遣いを与えないようにしているのかもしれない……。

胸に熱いものが込み上げた。男同士の団結の瞬間だった。