「マコちゃんも?」
「ええ。私は一家中が警察官で、みんなに嫌われているから。ヤッチンに誘ってもらったときは嬉しかった。みんなと一緒に歌えて楽しいわ」
この当時は、戦時下でいろいろ決まりが厳しくなり、それを諸事容赦なく取り締まる警察は人々から嫌われていたのだ。マコちゃんはそれを苦にしていたが、マコちゃんの話を聞いてシズちゃんは「あははは」と大きく笑いながら、
「マコちゃん何言ってるのよ、考え過ぎだって。あなたを嫌っている人なんていないわよ。もっと自信をもっていいのに」
なかば非国民あつかいの牧師の娘、みんなに敬遠されている警察官の娘、そして新参者の自分。どうやらヤッチンは〝あまされ者〞ばかりを集めたようだ、と朋は思った。
県女での生活も一カ月が過ぎようとして、朋は新しい生活にすっかり慣れたように思った。市女を卒業するときには、これからどうなるだろうか、と不安が大きかったが、合唱部には早々に馴染めたし、今はクラスの級友とも自然に話せて、昼休みには机を寄せ合って一緒に弁当を食べる仲にもなれた。借りてきた猫は卒業できたらしい。
これというのも、ヤッチンがなかば強引に、合唱部やクラスの中に引っ張り込んでくれたおかげだと思う。自分一人ではこんなに早く、自然にみんなに溶け込むことはできなかったにちがいない。
勉強はさすがに難しくなった。卒業と同時に中等学校家政の教師免状を与えられるということは、それなりの知識と技術を身につけないといけない、ということだ。教育心理学や教育管理法といった、初めて名前を聞く科目が出てきたし、衣服、食物、住居といった家政は特に実技・実習が重視されるようになった。
中でも、家事の松田(まつだ)ナオ教諭は心から料理作りを愛し、実技を重んじていた。でっぷりと太った体と、つややかな頬の輝きは、彼女が愛してやまない数々の料理たちが与えたものだった。
だから柔和な笑顔に、真摯(しんし)な愛情を込めて、料理の素晴らしさを生徒に教えようとし、彼女たちがその愛情を、やがて現れるであろう伴侶(はんりょ)や子供たちに分かつことを、心から望んでいた。
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