【前回の記事を読む】「午後3時過ぎの少し赤味がかった黄色」で歌声を重ねる──先生の指導のおかげで音楽が出来上がっていく様子を初めて経験した

一年生

「勉強もできるの?」

「勉強は中の上くらいかな。成績じゃなくて人間的に彼女には勝てない。彼女より成績がいい人は沢山いるわ。でも、その成績は彼女がせっかちだからなの。試験なんて、問題を最後まで読まずに答えを書きだすんだから。

初めの方だけ読んで分かった気になって、終わりまで読むのが面倒だし、それに落第しない程度に点数が取れていれば充分なんだって。よく言えば、おおらかだけど、悪く言えば大雑把よね。

彼女にもいろいろ欠点があるわ。でも、ヤッチンは人を大切にするからいいのよ、みんながついていくのよ。ヤッチンはね、人がみんなしあわせになることを望んでいるの。みんな、みんな、しあわせになれたらいいのにって本気で思っている。ちょっと信じられないでしょ。でも本気なのよ。

『萬(よろず)の民(たみ)に幸多(さちおお)かれ』って心底思っている。両親は学校の先生だし、家は神社だし、そうした環境で育つとあんな風に出来た娘(こ)になるのかな」

そう言うと、シズちゃんは遠いところを見るような目をして黙った。

「でも、シズちゃんも牧師先生の娘でしょ」

「そう、牧師の娘なのに、いつまで経っても自己中心で、我が儘で、出来てなくて、ヤッチンとは大違い……。ところで、トモちゃんは優等生だったでしょう」

「全然違うわよ」

「市女から専攻科に入ってくるんだから、優等生だったのよ。優等生で、失敗がなくって。だから、少し歌で躓(つまず)いたくらいでクヨクヨしていたんじゃないの」

「体育が苦手で、いろいろ躓いているわ」

「トモちゃんは合唱に少し躓いたみたいだけど、でも、部を辞めようとは思わないでしょ」

シズちゃんは朋の顔を覗き込みながら真剣な顔で聞いた。

「辞めないわ、みんなと一緒にやっていきたい。部に入ってよかったと思っているから」

朋が力を込めて言うと、

「私もよかったと思っているの」

とマコちゃんがポツリと言った。