【前回の記事を読む】民の希望を背負い堕落した王へ挑む最後の賭け――雨を呼ぶ導師がもたらす奇跡と、かつての聖君を取り戻そうとする家臣の覚悟

魔女の涙

導師はユンの眼の奥が笑っておらず、どこか不気味さのようなものをも感じ取ってはいましたが、真心を尽くすことで、まだ気高き聖君であった頃を取り戻すことができると考えていました。然し、それは大きな誤算だったのです。

降りやまぬ雨の音が響き渡るその日の晩、ユンは一人、物思いにふけっていました。

導師のあまりにみすぼらしいその見た目と、耳の痛くなる言葉に嫌悪感を抱く一方で、その導師のことを信じてみたくもありました。もしかするとユンが一番忌み嫌っているのは現在の自身の姿であり、そこから脱するのに誰かの手を借りたかったのかもしれません。

然し、諫言というものを素直に受け入れるのは誰であれ難しいことです。それであればヨウの甘い言葉を信じる方がはるかに容易いのです。己を律しろという導師の言葉か、己の欲の赴くままにというヨウの言葉か。

数日が経ち、ユンは導師を呼び付けました。雪が舞い落ちる王宮にいたユンはその手に刀を握っていました。導師は全てを悟ったように何も語らず、目を閉じていました。そしてあまりにも無慈悲なことに、ユンは導師の腹をその刀で貫いたのでした。ヨウの言葉を信じる、これがユンの答えでした。

確かに本能的に抱いた導師への嫌悪感を払拭して、導師のことを信じようともしました。然し、民の心は自分ではなく導師へ向くのだという疑心を拭うことはできなかったのです。自分の誤りに気付いていたはずなのに、ユンを見つめる導師の瞳は、どこか穏やかでした。ユンはこの時初めて導師の眼を見ましたが、そこには身なりとは対照に、どこか懐かしさと美しさが感じられました。

するとユンは膝から崩れ落ち、長らく落ち着いていたはずの発作と湿疹が出てきたのです。その後、医官に連れられて床に臥せている間、十歳の頃に母と交わした話が何度も脳裏を過っていました。