魔女の涙

十代半ばから韓国ドラマにはまった私は、大学入学後に朝鮮史の研究をしていました。特に味気なく大学を卒業し、友人と会う機会も減ったことで人肌恋しくなっている今日この頃。堅苦しい書物達の中から興味深いものを一つ発見したので、そこに登場するある王について語らせていただきたく、筆を執ったまででございます。

さて、話の舞台は中世李氏朝鮮のユンという王の治世にまで遡ります。先に申し上げれば、彼はかの史上まれに見る暴君のことであろうと、歴史を勉強する者ならばすぐに思い当たる人物であります。

然し、根っからの悪だったわけでも王位に就いた当初から荒れた政治をしていたわけでもありません。先代の王にあたる父の政治を引き継ぎながら不正や搾取を厳しく罰し、時には民に施しを与えていました。そのようなユンの幼少期は悲惨であり、とある出会いが心の底にあった過去を煽ったことで、破滅の道を辿ることになるのです。

ユンの母は王妃でありましたが、ユンの祖父の政略として家門で選ばれました。ユンの父には愛し合っていた本命の女性がいましたが、祖父には逆らえず、恋を諦めることになったのです。更に悲劇はそれだけに留まりません。父の愛した女人の一家に謀反の疑いが掛けられ、家族全員が処刑となってしまったことで、女人は首を吊って亡くなったのです。

これを知った父は目から血を流す程激怒し、自分の愛した女人の一家を陥れた犯人を徹底的に調べました。母の一家が犯人ではないかと見当は付いていたものの、明確な根拠がなく、この事件は不問となってしまったのです。恐らくこの一件の背後には祖父もいたのではないのでしょうか。それはあくまで私の憶測でございますので、今回は割愛致しましょう。

女人の一家が本当に謀反を起こしたのか、或いは陥れられたのか、事件の真相は闇に葬られたままですが、これがきっかけで父は消えることのない恨みを母に持つようになったのです。そして祖父の死と共に内側に秘めていたそれが爆発しました。

祖父の死と同じ年にユンは生まれました。ユンは生まれながらにして病弱であり、母は彼を直々に看病し、愛情を注ぎました。一方父はそれとは対照的に、自分の愛する者を惨殺した一家の娘が生んだ子として、ユンをたいそう憎んでいました。発作や湿疹で苦しむユンの元に出向くことは一度たりともなかったそうです。あまりに冷酷な父にユンの心も離れていきました。

ある日、そのような父の態度に耐えかねた母は父の元へ向かい、鬼の形相で訴えました。

「王様が私を憎んでいらっしゃることは存じ上げております。然し、あの子は王様の血を引いた正真正銘の嫡男でございます。私のことはお好きなだけ憎んでいただいて結構ですが、どうかあの子には王様の愛をお与えください」