魔女の涙

如何なる相手にも受けた恩は必ず返す、慈悲を施すことを忘れてはならない。この日のことをユンは深く胸に刻みました。同時に少しずつ父に心を開きかけていました。然しその矢先、この言葉が愛してやまない母の最後の教えとなるのでした。

ユンの看病を終えて数日後、母は廃位されてしまいました。諫言を繰り返す母に我慢ならなくなった父と重臣達が結託し、母を精神的に異常があり、王を冒涜する極悪人として王宮から追い出したのです。

母の真心が先王に届くことはなく、更にはそれを禍々(まがまが)しいものとして見なされた母の悲しみは想像を絶することでしょう。王宮から追い出され、農業だけを生業 (なりわい)とする離れた村に移った母は、毎晩静かに涙を流していたそうです。そこには嘗てのような凛とした姿は微塵も見受けられませんでした。

そして精神異常の謂れは現実のものとなり、追い込まれた母は、秋風が静かに吹く夜に毒を飲んで自害という末路を辿りました。この訃報がユンの元に届いたのは、母が王宮を追放されてから半年後のことでした。

母が王宮を出る時、ユンは我をも忘れて泣き叫び、母にすがり付いたそうです。ユンを嫌う派閥の重臣さえも、あまりにも悲痛なこの光景に胸を痛める程でした。

ユンはあらゆる物事が手に付かず、徒に時が流れるだけで生きた心地がしていませんでした。もはや王宮を抜け出し、母に会いに行こうという想いだけが生きている証となっていました。それが叶う前に、虚しくも母は亡き者になってしまったのです。

母の死を知ったユンは来る日も来る日も後悔し、命を投げ出してでも母の元へ向かわなかった自身を憎みました。世の真理や学問を教えてくれた母の声と看病に精を尽くす手を思い出しては、父と重臣達に対する消えることのない恨みが湧き上がりました。

この時、必ずや自分が王になり、亡き母の地位を復活させることを誓ったのです。そのためなら如何なる手を使うことをも厭わない不退転の覚悟を決めました。

然しその矢先、ユンの母が廃妃となったことに乗じて、上奏文を提出してユンを跡継ぎの座から降ろすことを訴える勢力が現れたのです。