魔女の涙
三
それからというもの不気味な程静かに時が流れ、ユンが十八歳を迎えた年に父が亡くなりました。母が追い出された時と同じように雪景色が広がる中で喪に服するユンには、あらゆる感情が入り混じっていたことでしょう。まもなくしてユンは王座に就きました。
とはいえユンも一人で政治をするには幾らか若すぎるため、当分の間は大妃による垂簾聴政(すいれんちょうせい)という形で執り行われることになりました。基本的な内容は父の政治を引き継ぐ保守的なものでしたが、ユンはそれを承認し、忠実に実行していました。
内心は憎き父の政治を押し付けられることに抵抗があり、父を遥かに凌駕する政治を施して聖君になりたいという想いがありました。政(まつりごと)を刷新する程の能力や知恵がまだなかったということもありますが、この時のユンの原動力のほとんどは亡き母の父への想いによるものでした。
また数年が経ち、ユンは市中の偵察に出ていました。これも先王の代には既に行われていたことであり、ユンの政権がある程度固まったことで始まりました。そこには豊かとは言えなくとも各々の商いを営み、人々が賑わう街並みが広がっていました。
然し、そこから離れ、地方に足を踏み入れると目を伏せたくなるような光景が現れたのです。とある立派な屋敷を通った時、壁越しに声が聞こえてきました。気になったユンは連れの一人に塀から中の様子を覗くように命じました。
その連れというのはユンの幼馴染で親衛隊のジンという者でした。ジンはユンと同じ王宮で育ち、十年以上ユンの側についていました。当初ユンはジンのことをぼけっとしたやつだと思っており、ジンはユンのことを品性の欠片もないと思っていました。
二人が仲を深めたきっかけは、十二歳の時の書庫でのことでした。本来書庫には限られた者しか入ることができませんでした。ジンは捕盗庁の長官の息子であり、秀才ではありませんでしたが、軍の戦略を立てて指揮を執る父の姿に憧れて兵法のような学問を好んでいました。そのため、書庫に保存されている書物を一度でいいから読んでみたいと思いました。
そこである日の夜遅く、王宮の警備が薄くなった頃に書庫に侵入したのです。音も立てず、廊下を歩いていると一枚の紙が足元に飛び込んできました。拾ってみるとそれはあろうことか春画であり、訝しく思っていると突然自分と同じくらいの背丈の人間を灯りが映し出したのです。