母の必死の懇願にも父は耳を貸しませんでした。それどころか、母を見る目には更に影を含むようになりました。然し、それでも母は折れません。彼女は如何なる時も父とユンに厳しくも真心で接する女性でした。王妃である前に人として誠実な方で、自分のことを家柄だけで忌み嫌う王にも怯まず諫言(かんげん)し続けたのです。

先述のようにユンにも惜しみない愛情を注ぎました。白銀の雪景色に覆われ、寒さが一層厳しくなった頃、病床に伏せる十歳のユンの枕元で看病する母は穏やかな口調で問います。

「世子様(ユンのこと)、私は王様から嫌われているのにも拘わらず、なぜ王様に口うるさくすると思いますか」

母の看病で少しずつ気力を戻していたユンは、力を振り絞って口を開きます。

「王様のことを考えたことはありませんし、考えたくもありません。私には母上が理解できません。申し訳ないことでございます」

父への不忠とも捉えられる言葉でしたが、母は怒ることなく微笑み、山茶花を生けながら答えました。

「それはですね、王様への感謝と御恩を返すためです。王様の民への慈悲は海よりも深いもので、私は民の母です。私の子供達を大切にしてくださる王様には感謝しきれないですし、私にできる恩返しをすることを怠りたくはないのです」

一呼吸置くと、母は少し寂しそうな表情をしてこう付け足しました。

「その慈悲を世子様にも分け与えてくださればこれ程嬉しいことはありませんのに……」

 

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