「王様のことを考えたことはありませんし、考えたくもありません。私には母上が理解できません。申し訳ないことでございます」
父への不忠とも捉えられる言葉でしたが、母は怒ることなく微笑み、山茶花を生けながら答えました。
「それはですね、王様への感謝と御恩を返すためです。王様の民への慈悲は海よりも深いもので、私は民の母です。私の子供達を大切にしてくださる王様には感謝しきれないですし、私にできる恩返しをすることを怠りたくはないのです」
ユンは意識を取り戻すと、誰にも聞こえない声で呟きました。
「嗚呼、母上。私は如何なる相手にも受けた恩は必ず返す、慈悲を施すことを忘れてはならないという母上の教えを、長い間忘れていたようです。親不孝な息子をお許しください」
そしてユンは導師を刺し殺してから僅かばかりで、王位を追われることになります。この時には既にジンも王宮を去っており、導師が生きた地方で、子供達に学問を教えながら暮らしていました。
ユンの追放を耳にしたジンの姿は、ユンの堕落を止められずに側を離れた自責の念から、寂しさを感じさせるものでした。このような悲劇を繰り返さないように質素な生活を営みながら貧しい子供達を集め、導師の教えを説いたり、食事を提供したりする道を選んだそうです。
離島に流されたユンは来る日も来る日も母君に懺悔を繰り返し、数年ばかりで亡くなったのです。また、死体となって横たわっていた導師の眼から涙が流れ、その行く先には手に持っていた三色の山茶花が美しく咲いていたそうです。