【前回の記事を読む】「……はぁ、正直、お前は営業には向いてないよ。」上司は甘さを見抜き、失望していた。それでも食い下がると...

師匠との出会い

仕事が終わり、僕は駅前のビルにある「梅田TAKARA」というバーに入った。ここの店はカウンターに五席だけの小さなバーだが、それが僕にとっては心地良い。一人で考え事をしたい時や、見知らぬ誰かと話したい気分の時には必ず訪れる。一本の桜の木で作ったらしいこの厚みのあるカウンターがマスターのこだわりだ。

「マスター、マッカラン12年をロックでお願いします」

「お、斎藤くん。久しぶりだね」

グレーのシャツにスリーピースを着こなしたマスターが笑顔で応じてくれた。彼ははっきり言ってイケメンだ。マスター目当ての女性客も多い。

「ほんとですね。一カ月振りくらいですかね。ここのところ仕事が忙しくて」

最近あった事などを話していると、スッと僕が注文したお酒が運ばれてきた。ずっと話しながらだったので、お酒を作っていることに気付かなかった。

「ほんとマスターの動きって無駄がないですよね。それに、同じお酒なのに、家で呑むより数段おいしい気がしますよ」

「ははは、どうもありがとう。真心を込めてウィスキーをいれるとマジックがかかるんですよ」

男でも思わずドキリとする笑顔を向けられ、なんだかこちらが照れてしまった。マスターの所作ひとつひとつに仕事に対して真剣に向き合ってることがわかる。

「ところで、マスターはなんでバーテンダーになろうと思ったんですか?」

「うーん、なんでですかね。バーテンダーになりたかったというよりは、うちのオーナーみたいな男になりたかったからだね」

「へえ、そんなに素敵なオーナーさんなんですね」

「そうだね。今の僕があるのはオーナーのおかげだし、オーナーに相談すると不思議と解決策が見つかるというか、どう対処したら問題が解決するのか答えを知っている感じだね。でもただ答えを教えるようなことはしない。どうしたら僕が答えに辿りつけるか質問するのが天才的にうまいんだよ」

僕から見たマスターは十分男が憧れるほどカッコイイのに、その男がさらに憧れる男っていったいどんな人なんだろう。

「すごい人もいるもんですね」

そう言って一口呑んだウィスキーは、苦みの後に甘さが口の中ぜんたいに広がり、まるで僕の悩みをじんわりと浄化してくれるようだった。

――あぁ、おいしい。