プロローグ

「好きな人ができたの」

彼女の中村風香に「話がある」と言われ、いつものカフェに呼ばれた。その表情から深刻な話だとは予想していたけど、まさか別れ話だなんて思ってもいなかった。

風香とは付き合ってもう二年になる。同じ職場で出会った。同期入社でそれぞれ違う支店に配属されたが、二年半前に同じ支店で働くようになってから急に親しくなった。

見た目が華やかで性格も明るく、誰からも好かれる風香と付き合うことができて、僕は本当に嬉しかった。営業成績も支店で二位と優秀で、最下位から二番目の僕とは対照的だった。

いつまでたっても成長しない僕に嫌気がさしたのだろうか……。

「なんだよ、突然。……相手は誰なんだよ」

「あなたには関係ないでしょ」

ツンとそっぽを向く風香に、かつての優しさはもうなかった。いつもは綺麗に上がる口角が今はまったく上がっていない。

「いや、あるだろ。そいつとはもう付き合ってるのか?」

僕は語気が強くなっていることに気付き、小さく「ごめん」と言った。頼むから違うと言ってくれ。いやな想像ばかりがどんどん膨らんでくる。

風香は答える様子もなく、ただ目の前のカップを眺めている。ダメだ、この雰囲気に耐えられる自信がない。考えたくもない思考が次から次へとぐるぐる頭の中に浮かんできて、気が付いたら目に涙が溢れていた。

僕が泣きそうになっているのに気付いた風香は、はぁ、とため息をついた。

「そういう弱いところが好きじゃないのよ」

「……」

自分が情けなくてたまらない。どうして僕はこんなにも男らしくないんだ。

「男なんだからもっとドシっと構えててほしいのよ。私たちもうすぐ二八歳になるのに、今のあなたに私の人生を預けられないわよ」

ド正論だ。おっしゃる通り。こんな僕なんかじゃ風香を幸せにできない。守ってあげられない。でも、僕は心の底から風香のことが好きなんだ。

―別れたくない!

「頼む、チャンスをくれ。これからは、もっと頑張るからさ」