【前回の記事を読む】「売れない営業を会社に置く余裕はない」眉間にシワを寄せてそう告げた支店長。湧いてきたのは今までの自分への腹立たしさだった…

戦力外通告

「……はぁ、正直、お前は人としては素直だし、良い人柄だと思うけど、営業には向いてないよ。営業っていう仕事はな、数字にこだわらなきゃならないんだ。

これは根性論とかそんなんじゃない。やっぱり毎月契約を上げるには一つ一つの商談にこだわって、準備をして、お客様が乗り気じゃなくても『最後まで諦めずにアプローチ』をしていかないとダメなんだよ。

勢いっていうのかなぁ。それがお前からはまるで感じられないんだよ。俺も入社したての頃は上司に気合いだの勢いだのと言われて、古いんだよって思ってたけど、振り返ってみれば俺が売れるようになったのはそれができるようになってからだったよ」

武田支店長の口調は、上司としてというよりも、親が子どもを諭すような話し方に変わっていた。その優しさと、自分の不甲斐なさに、僕は握ったこぶしに力が入った。

「頑張ってはいるんですが、自分はあまりそういうのが出しづらい性格なんです」

「そうだろうな。わかるよ。でもな、契約に食らいつく覚悟ってのは自然と周囲に伝わるもんなんだよ。熱をもった鉄の玉みたいにな。言葉の響きだったり表情や姿勢にも表れてくる。それってつまり、お前の基準で話してないか?」

「僕の、……基準ですか?」

「ああ、もう一つ基準を上げてみろよ。会社は学校じゃないんだから、お前の基準に合わせてはくれないぞ。会社の基準にお前が合わせるんだ。たとえば、追客の電話は週に何本かけているんだ?」

追客とは、過去に物件をご案内したり、お問い合わせがあっても連絡が繋がっていないお客様に、再度電話やメールでアプローチすることである。不意に質問されて僕は動揺した。今まで意識したことがなかったからだ。

「……だいたい、五本から一〇本くらいです」

「そうだろ。俺が現役の時は週に五〇本はかけていたよ。それにお前、自分が週に何本電話をかけているか記録してないだろ」

「……は、はい。してないです」と、僕は小さく答えた。一瞬で見破られてしまった。

「そこがお前の基準が低いところだよ。自分で週に最低三〇本は追客電話をかけようとかノルマを課すんだよ。ノルマなんてものは人から与えられたら苦しいけど、自分で作っちまえば楽しくなってくるんだよ。

週に反響が何件まわってきて、そのうち何件と連絡が取れたのか。さらにそこから何件が案内につながり、何件が契約になったのかをすべて記録するのは当然だろ」

自分があまりにも営業マンとして基準が低かったのかを思い知らされた。悔しくて何も言い返せず、顔を上げることもできなかった。

「成績トップの立花はいつもきっちりと管理してるよ。毎月の成約率を細かく記録していくから自分の課題が見えてくるんだよ。今週は案内件数が少なかったから追客に力をいれようとか、成約率が低ければ案内方法を見直したりするんだよ」

あいつの名前なんか聞きたくなかった。でも、だからあいつは常にトップを走れるんだな。……じゃあ、あいつよりも厳しいノルマを自分に課せば、あいつを超えられるってことだよな。怒りで脳内に大量のアドレナリンが噴き出し、顔がみるみる赤くなってくるのが自分でもわかった。

「そうだよ。その目だよ。いい顔つきになってきたな。営業マンとして誇りと覚悟を持て。優しいだけじゃ家は売れないぞ。よく勘違いしている若手が多いが、お客様に感謝されて、営業を掛けなくても家が売れるなんてことは絶対にない。

それで売れるなら俺たち営業マンの存在価値はなくなってしまう。家は売り込むから売れるんだ。その覚悟を持て」

僕は間違っていた。不動産の営業において何よりも大事なのはノウハウよりも、家を売る覚悟だ。不思議と、今なら家が売れるような気がしてきた。

「支店長、お願いします。僕にもう一度だけチャンスをください。僕が間違っていました。今までの考えが甘かったです。今月は死ぬ気で売りますので、続けさせてください」

僕は顔を上げ、支店長の目をしっかりと見て言った。

支店長は右手を顎に置き、険しい表情で考えこんだ。そして、ふうと大きく息を吐き、「覚悟はあるんだな?」と聞いた。

「はい、必ず結果を出してみせます!」

「わかった。最後にもう一度だけチャンスをやる。ただし、今月売れなければ、本当にお前の居場所はない」

「ありがとうございます!」

今日は四月三日だから、あと二七日で契約しないといけない。とはいえ、不動産の契約をするためには、お客様に「不動産購入申込書」という書面で購入の意志を示していただき、住宅ローンの審査に通らないといけない。

この審査には銀行によるが三日から五日かかる。つまり、事実上、あと二〇日以内にお客様から不動産購入申込書を書いてもらわないといけない。今週末に案内が一件入っているから、その商談にすべてをかけよう。

正午前には事務処理を終わらせ、僕は明日案内予定の物件の下見に行った。もう一度この物件のアピールポイントを整理してみよう。

 

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