ある天気の良い午後2人で近くの山に登ることにした。山といっても低い山で、誰にでも登れる山だった。誰が名付けたのか分らないが子供達は爺山(じじやま)とよんでいた。家から近く、歩いて15分くらいのところにあった。頂上からは東京湾が見えた。私は子供同士で3回ほど登り、道筋はよく分っていた。
頂上に登り、景色を眺めてから山を下り始めたが途中で道が途絶えてしまった。何回か来ているので安心していたら、下山の出発点で道を間違えたようだ。前に進むのは良くない。下ってきた道を引き返すのが一番良い方法だが、今下って来た道がよく分らない。歩きながら目印になるものを見ていた訳ではない。
いよいよとなったら山を登って行こうと思った。晃君は私の申し出に賛成した。あせる必要はない。まだ陽は高い。
とにかく、山の上を目指そうと1歩を踏み出した時、どこからともなく、優しい声が聞こえてきた。声は私達に、左手に大きな木がある、そちらに歩き、木を越えると道があるからその道をたどれというものであった。小鳥のさえずりも左手から聞こえ、木々のざわめきも左にある。全てが私達を左手に誘っていた。
私達は歩き始めた。目に見えぬ力に誘われて歩みを続けた。広い、人の歩く道があり、そのまま頂上につながっていた。私達は無事に下山した。
私達はほっとして、あの声の主は誰かと話しあったが分らなかった。