【前回記事を読む】イギリス料理はなぜ「まずい」と言われるのか? 現地で体験した驚愕の食文化と、意外に美味なパンとビール

序章 目に付く鱗

味覚の分節

イギリスがかくも食事がまずいのは本当に理解に苦しむ。考えてみたらイギリスとフランスは千年を越える交流、それに征服や占領などで行き来は十分過ぎるほどあったはずだ。

食文化にしても美味しいフランス料理の影響があってしかるべきだろう。皆無だ。旅行者はイギリスからフランスに渡った瞬間に、たとえそれが場末のカフェでも食べ物に香りが漂うことに安堵する。思い出してみるとイギリスの料理には香りがない。

イギリス人たちは「我々は食事などより重要なことに神経を使うので、食材を時間をかけて捏ねくり回すことなどしない」などと一向に頓着しない。食事より優先順位が先のものがいくらでもあるのだろう。

ここで以上のこのことの言い直しを試みよう。今はポスト構造主義の時代だから、少し構造主義的に言い直してみよう。イギリス人は味覚音痴ではない。その味覚周辺の歴史や文化や食習慣で培われた独特の食感の分節感覚をもって食生活を営んでいるのだ。その分節は味覚や嗅覚などだけでなく、歴史や文化、またそこからの価値観などからなる重層的な分節だ。

この分節の網で掬われた料理が、世にも名高いイギリス料理だ。