晋作は疳の虫が強い子で怒りん坊だったから母の道は晋作がもの心ついた頃から円政寺に連れていき、天狗面を見せて「武士たる者いかなる苦難にも負けるな。困難辛苦に打ち勝ってこそ生きる値打ちがある」と幾度となく呪文のように諭し続けていた。
布団の中で抱き合いながら道の愚痴を聞いた小忠太は、その時は妻の憤りを聞いてやるだけにして眠った。
それから三日後、小忠太は晋作を自分の部屋に呼んだ。
趣味の盆栽の手入れをやめて晋作を招き寄せた父は、息子の目を真っすぐに見て優しく語りかけた。
「おまえには天狗の眼が備わっている。大所高所から戦場のあり様を瞬時に捉えて、自分がどう動けば敵が降参するかを見抜く洞察力が備わっているのだ」
この時の晋作には天狗の眼とか、洞察力とか、何のことか全く分からなかったが、自分が怒られていないことだけは察知して正座して頷きながら神妙に聞いていた。
十日後、お転婆娘のお鈴が少年の出で立ちで天狗寺にやって来た。
晋作はいつものようにこの子を驚かせて泣かそうとしたが、逆にお鈴に驚かされて出鼻をくじかれてしまった。
お鈴は先日脅かして泣かした子の一歳半上の姉で、晋作に敵討ちする為に作戦を立ててやって来ていた。作戦とは、晋作より派手に晋作と全く同じ行動をする。つまり晋作より大きな鬼のお面を付けて晋作より大きな声で脅すことだった。
お鈴は晋作より背が高く、身に着けている着物も女だから赤色が多かったので、大きな天狗が燃えているようだった。晋作は一瞬怯んだがすぐにお鈴の仕業と分かり、お鈴がその場を立ち去るまでお鈴を見つめ続けていた。
そして晋作は、この日を境に天狗遊びをやめた。