確かに所長は偉大だ。ものすごい努力をして、結果を出して周囲を捻じ伏せてきた。でも、性格は最悪だ。ゴーマンで、ワンマンで、信じられないくらい短気で、思うようにならなければ癇癪を起こす。パートづきあいさえ不得手な私が、なにが悲しくて秘書などやらなきゃならんのだ。

早口で訳のわからない指示を思いつくまま飛ばされても、どう動いて良いのかわからない。所長には、主語がない、目的格がない。言っていることの根拠さえ意味不明。「あれをこうしろ」とか、身内感覚の物言いなど、他人の私に理解できるわけがない。途方に暮れて棒立ちになる。責められても、怒られても、返す言葉が見つからない。

「あなたがなにを言っているのか、さっぱり理解できないんです」なんて、失礼すぎて口が裂けても言えるわけないじゃないか。

「大変でしょう」。先輩たちは、労いや同情を惜しみなくくれるけれども、助力を頼めばみんな全速力で逃げていく。

今日は東京出張の乗車スケジュールを3種類作った。余裕をもって目的地に到着するパターン、ちょうど良い時間に着くパターン、ハクをつけて少し遅れて登場するパターン。

せっかく出ていったのだから、しばらく帰ってきませんように。この人が帰ってこられないように、誰かそっと結界を張ってくれますように。そうすれば、経理の仕事が捗るし、なにより心の安定が取り戻せる。

ほどなく、新規のコンサルティング案件がきた。マンション管理組合の法人設立に向けて、決算と組織改革を引き受けたのだという。最初のチームはベテラン揃いの5人だった。アシスタント気分でのんきに考えていたら、1人抜け、2人抜け、最後に残ったのは私1人だった。出席した理事会は剣呑で、最初の打合せから怒号が飛び交っていた。

なんでも知っているような顔をするのは職務のうちだ。でも震えてしまう。荷が重い。担当は持たなくて良いと、面接のときに言ったじゃないか。また仕事が増えた。9時から16時までの短時間勤務者ができる仕事じゃないと思う。でも、管理組合の総会は来月に迫っている。