【前回記事を読む】会計事務所のパートを始めたが徐々に仕事が増えていき、ついには秘書の仕事まで……毎晩所長室の水の入った灰皿で溺れる夢を見る

番外編1 1998年9月

管理組合の総会は明日に迫っている。所長の顔を見るのも、声を聴くのも苦痛だけれど、どうしても今日は決裁を取らなくちゃならない。決裁が出なければ総会に持っていけない。監査欄にサインがない。押印もない。まだ目も通していないみたいだ。

なんとかしなきゃ。なのに内線がつながらない。1時間ごとに2回、30分ごとに3回。これから全直しかもしれない。徹夜になったらどうしよう。怖くて仕方ない。不安なまま、「決裁をください」の内線を鳴らし続ける。

19時が過ぎた。学童と保育園のお迎えは母に頼んだ。今頃、子どもたちはご飯を食べ終わった頃だろうか。もし、所長が今すぐ出てきてくれて、チェックが済んで、直しも少なかったとしても、もうこんな時間。今日の夫の怒り猛撃は凄まじいだろう。

罵りシャワーが続くのは1時間か、2時間か、今夜は家に入れてもらえないかもしれない。怒声は夫の気が済むまで続くだろう。延々と子どもたちの前で、私がどれほど劣っている人間か論(あげつら)われるのだ。帰りたくない。どこかに行ってしまいたい。

自分が至らないことなんて知っている。わざわざ言われなくたって知っている。母として、社会人として、30歳の大人として、妻として、できそこないなのも十分承知だ。ほんとによく知っている。だから苦しいんだ。

夫の声がする。「仕事なんてやめてしまえば良いだろう。子どもが小さいのになにが責任だ。身の程を知れ、口ばっかり達者になりやがって。仕事が子どもより大事か? だいたいすべてが無責任なんだよ」。先輩たちや、保育園や学童の先生の迷惑顔が浮かんでくる。みんなして、そうだそうだと夫に賛同しているように思える。