だけど、と思う。そうかもしれないけれど、だけど、と思う。こんな私だけれど、子どもたちを疎かに思ったことは微塵もない。それだけは胸を張って言える。言い訳だってしてこなかった。どんなに苦しくても、そんな無様な自分を子どもたちに見せてはこなかった。
……でも反論したって、諍いの時間が延びるだけで、長引けば、夫の言葉が子どもたちに沁みついてしまう。「母親は自分たちを大事に思ってくれない」と思ってしまう。そして傷ついてしまう。ただでさえ毎日我慢させているのに、また悲しい思いをさせてしまう。
なにがあっても我慢しよう。反論などせず、言いたいことなど飲み込んで、罵りは黙ってやり過ごそう。
でも、と、重石のようなカタマリに揺さぶられる。私の心は私のものだ。……多分その通りだ。自信はないけれど、多分。誰に何を言われたとしても、私の心は私のもののはずだ。誰かわかってほしい。
「そうだよね」でも「頑張ってるね」だけでもいい。それ以外いらない。アドバイスなんてしないで。……これは弱さか? これは甘えか? “変わっている”といわれる私の屁理屈か? 頑張ったって報われない。きっと要領の悪い私が悪いんだ。ここは辛すぎる。わかってもらえない。出口がない。
だったら水星人になりたい、木星人でも土星人でもいい。なんなら金星人だっていい。ここじゃないどこか知らない場所に行きたい。
だけど、私の心は私のものだ。なにがあろうと私のものだ。ズルはしてこなかった。できることはやってきた。なにが悪い。なにが違う。正しさってなんなんだ。自分でいることは、なぜこんなにも辛い。世の中みんなに置き去りにされているみたいだ。辛い、救いがない、果てなく悲しい。もうこんなところにいたくない。
内線はつながらない。途方に暮れる。なぜ所長は資料を見てくれないんだ。なぜ決済が出ない。経験がないから、自信がないから、力がないから、悔しいけれども自分で完了できない。憎たらしい所長の決裁なしに終われないのだ。
なぜ、私はここにいるのだろう。「時間なんで帰ります」「なぜ私だけ負担が大きいんですか」「私パートなんで、荷が重い仕事はできません」。なぜ言えない。パートだから、女だから。パートなんて当てにできない、中途半端だ、女なんて泣いて済まそうとするから厄介だ、責任がないんだよ、軽く考えやがって迷惑だ。顔の見えない声がする。
もう聞きたくない。聞き飽きた。でも、受け入れられない。受け入れるつもりは毛頭ない。強情な私の堅固な意地だ。……でもなんのための意地なのか。できそこないでちっぽけな私が不毛な時間をじゃぶじゃぶと浪費して、強情を通しているだけなんじゃないだろうか。
見かねた上司が、所長の自宅に電話を入れた。上司に泣きつくなんて、情けなくて涙が出る。泣けば馬鹿にされるのは知っているのに。今までがんばったことが台なしになるのに。まるで中途半端な標本みたいじゃないか。最後まで我慢できない根性なしだ。自信がない。忍耐もない。力がないせいだ。みっともない。嗚咽が抑えられない。
今頃、先輩たちは楽しく晩ご飯を食べているのだろう。「パートだから」「女だから」「気楽でいいよね」。泣きじゃくる私を嘲る声が聞こえてくる。うるさい、うるさい、うるさい! 悔しい、情けない、涙が止まらない。嗚咽する私を上司が見下ろしている。恥ずかしさと自己嫌悪が加味されて、絶望の海が深くなる。
【イチオシ記事】店を畳むという噂に足を運ぶと、「抱いて」と柔らかい体が絡んできて…
【注目記事】忌引きの理由は自殺だとは言えなかった…行方不明から1週間、父の体を発見した漁船は、父の故郷に近い地域の船だった。